店の名前を「余白珈琲」にしています。「余白」というと、「ゆとり」だとか「遊び」だとか、ゆるやかな言葉を連想されますが、僕のイメージは少し違います。

余白とは、思い通りにいかない部分のこと。人生においても、日常においても、僕たちは様々なことを思い描きながら生きています。それは将来の夢だったり、こうなりたいという目標だったり。あるいは、何時に起きるとか、夕方までには帰るとか。

だけど、どんなに素晴らしい物語を描いても、どんなに現実的な物語を描いても、そこには必ず「余白」が生じます。それは、行間だったり、スキマだったり。すべてが思い通りになるわけではありません。むしろ、思い通りにならないことの方が、圧倒的に多い気がします。

そんな余白には、例えばダメな自分が居ます。つまらない日常があります。想定外の辛い出来事や、ハプニングもあるでしょう。思い通りにならない時、人は深いため息をつきます。

でも、そんな余白があるからこそ、偶然の出逢いがあります。邂逅、そして縁。

時には、温かな余白もあるものです。思い通りにならず、ため息をついたなら、コーヒーでも飲みましょう。そして、ほっとひと息ついたなら、また別の誰かのために、温かさを贈りましょう。

どうせ暮らすなら、温かさが循環している社会の方がいいですね。